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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第二章 エスキモー社会への入り口

by Keijiro Ohata

仕事と選挙活動で忙しいディーンの代わりに、私の世話を引き受けてくれたのはハーマン・リッチとその家族だった。ハーマンは68歳のお爺さんで、ディーンや町の人たちには「アンクル・ハーマン」と呼ばれていて、彼らが幼い頃の世話係をしていた人物らしい。ハーマンの家はディーンの家から歩いてすぐの距離で、彼と奥さんのサウラック、彼らのひ孫のファーラーが住んでいた。夕方になると、近くに住む彼らの娘のカレンと夫のブライアンが家を訪れ、一緒に晩ご飯を食べる。私はコッツビューに滞在するほとんどの日の晩ご飯を、ここでお世話になっていた。

自宅でくつろぐハーマン・リッチ。私はほぼ毎日この家で食事をお世話になった。
自宅でくつろぐハーマン・リッチ。私はほぼ毎日この家で食事をお世話になった。



コッツビューで30年近く暮らすハーマンの娘婿、白人のブライアンは、町に着いて間もない頃、私を車に乗せ、町を案内してくれた。

コッツビューの町はアラスカ北西部に突き出た半島の先端に位置する人口約3000人の町で、この辺り一帯では最大の町だ。周りは海と湿地に囲まれているため船と飛行機以外でのアクセスができない。町に住む人の8割近くがイヌパック・エスキモーと呼ばれる先住民で、多くが漁や、近くの鉱山で働くなどして生計を立てている。

町はもともと湿地をならして造りあげたため、平坦でほこりっぽい。ピックアップカーやバギーが横を通るとひどい砂埃が舞い上がる。町にはバーや映画館やボウリング場といったアメリカのどんなに小さな町でもあるであろう娯楽は一切なく、レストランが数軒、ホテルが1軒、スーパーが3軒ほどあるだけだ。どういうわけか教会だけは異常に多く、宗派が細かく別れている。

この小さな町には10軒以上の教会がある。
この小さな町には10軒以上の教会がある。

「面白いところを見せてやろう」

ブライアンはそう言うと、町の中心地に向かった。そこには大きなコンテナのような建物が建っているが、何も変わった様子はない。

「この建物は左半分が町唯一のリカーショップ、右半分が刑務所なのさ」

外壁を見てみると、確かにリカーショップと刑務所の文字が一つの建物に掲げられている。そして左側のドアを開けてリカーショップに入ってみると、そこはまるで刑務所そのものであった。客は自分で酒を手に取ることはできず、網越しに店員に注文をして、代金を払って受け取る。蛍光灯の明かりが照らす店内は無機質で、すぐに外に出たくなる。心なしか右側の壁からは重苦しい空気が感じられる・・・。

「おかげで酒を強盗することは滅多に起きないが、それでもアルコールによる事件は後を絶たないな。それにこの町で起きる自殺の90%はアルコール関連だ」

私はふいに彼らの社会問題を象徴するような建物を見て、ついにエスキモー社会に足を踏み入れたのだと実感した。

コッツビュー唯一の酒屋は、刑務所に隣接されている。
コッツビュー唯一の酒屋は、刑務所に隣接されている。


翌日もハーマンのもとを訪れ、彼に私がコッツビューを訪れた理由について話した。

「ほぼ全ての家庭において、アルコール依存症は身近な問題といっても過言じゃないだろう」

68歳になるハーマンはこの町で生まれ育ち、多くの人間を見続けてきた。自身の甥っ子も2年前にアルコール依存症の末、銃を咥えて命を絶った。

「自殺することは本人の自由だが、苦しむのは家族だ」

淡々と話すハーマンの言葉は重く響く。結局、彼は残された子供たちの面倒を見るようになった。

彼の書斎の上にはたくさんの家族写真が飾られてある。中には今もなおアルコールに苦しみ、アンカレッジで治療を続ける兄弟の姿もある。彼はその写真に目をとめるとしみじみとため息をついた。

彼の家にはその後も毎日のように通い、ハーマンとは毎回しばらく話し込むのだが、彼の口からアルコール依存や自殺について、多くを聞く機会はほとんどなかった。

「エスキモーのことを理解するにはまずキャンプに行かねばならん」

ハーマンはそう言ったが、彼の足が悪く私を連れて行けない。そこで彼は古くからの友人のチャック・シェイファーを紹介してくれた。チャックはハーマンより少しだけ若く、犬ぞり使いだ。もっとも、犬ぞりレースは夏はオフシーズンなので、彼は漁なので生計を立てているようだった。彼が近いうちにイビックという地域にあるキャビンに行くと聞きつけて繋いでくれた。

チャック・シェイファーはトレードマークのベレー帽を被り、ホンダの赤いバギーに乗って現れた。私の前に停まると石のように硬い手を差し出し、

「明日の昼に迎えに行くから準備しとけ」

と告げ、電話番号だけ教えて足早に去って行った。なんとも飄々とした男に思えた。

だが明くる日、待てど暮らせどチャックは現れない。彼の携帯に電話してもつながらない。困ってしまった私はハーマンに、彼の住んでいるところを聞いたが知らないという。人口3000人ほどの小さな町で、古くからの友人の住所を知らないなんてことがあり得るのか、と私は混乱したがやがて謎が解けた。彼は確かに生まれはコッツビューのあたりだが、現在は住んでおらず、アラスカ南部のワシラという町に住居を構えているらしい。たまに故郷のコッツビューに帰ってきては小金を稼いで、またワシラに戻るのだという。そしてその際は友人の家に転がり込んでいるらしく、今回がどこに泊まっているのか分からないのだという。

どうにか電話がつながり、彼の友人のフレッド・ジャクソンという男が住む海岸沿いの家に向かった。今回はそこに居候しているらしい。


「悪かった。やらねばならん事がいくつかあってな」

全く悪びれる様子のない弁明を受け流しつつ、明日こそは行くという約束をとりつけようとすると

「明日のことは分からん。天気と気分次第だ」

と言われた。喉まで文句が出かかったが、あまりのあっけらかんとした気分屋ぶりに逆に関心した。

チャック・シェイファー。犬ぞり使いでもある。
チャック・シェイファー。犬ぞり使いでもある。

「まぁコーヒーでも飲んでいけ」

自分の家でもないのに私を招き入れると、中にお爺さんがもう一人いた。彼がフレッド・ジャクソンだ。年齢はチャックよりもハーマンよりも上の74歳だという。歯がなく、全身皺だらけで、所々に火傷した痕のようなものがある。

「彼は昔乗ってたヘリコプターが墜落して命からがら助かったんだ」

チャックがそう言うとフレッドは大きくうなずき、握手を求めた。その手はしわくちゃだが、心地よい温かさがあった。私はそれから事あるごとにハーマンとフレッドの家に訪れ、時間を過ごすようになっていった。

彼らのような高齢のエスキモーは、それまでのエスキモー文化との断絶が始まった最初の世代で、伝統的生活を知る最後の世代でもある。自らの文化を否定される苦しみを味わった彼らから、これからの世代を生きる若者たちへのヒントとなるものが見つかるように思えたからだ。

チャックが居候する友人、フレッド・ジャクソン。かつてヘリコプターの事故で全身火傷を負ったが生き延びた。
チャックが居候する友人、フレッド・ジャクソン。かつてヘリコプターの事故で全身火傷を負ったが生き延びた。


次の日、あまり期待しない方がいいだろう、とディーンの家でくつろいでいたらチャックがやってきた。手には長靴とライフジャケットが握りしめられている。

「用意はできてるか? すぐ出発するぞ」

私は慌ててパッキングを終わらせると彼のバギーの後ろに乗り込んだ。

「そうやって座るなバカヤロー。俺たちはカップルじゃないんだ」

私が普通にまたいで座っていると怒号が飛んできた。彼はかなり口が悪い。

入り江にある船着き場につくと、チャックのボートの前にフレッドが立っていた。彼はボートに荷物を詰めるのを手伝ったのち、チャックのバギーを運転して家に返してくれるのだという。とても74歳には思えないタフさだ。

私はライフジャケットを羽織り、チャックの横に乗り込んだ。エンジンを噴かし、いよいよイビックへ向けて出発だ。

手を振るフレッドの姿がどんどん小さくなっていく。ボートは凪いだ海を滑るように進み、入り江から大海原へと出た。だんだんとコッツビューの町も小さくなり始め、水平線の奥には手つかずのアラスカの大自然が迫ってくる。頬に突き刺さる風は冷たいが、これから本当のアラスカの世界に分け入るのだ。そう思うと、私は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。


Keijiro Ohata
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