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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第五章 受け継がれるハンターの血

by Keijiro Ohata

翌朝、私はカーマンの旦那であるロンと、休暇で訪れていたロンの姉と、彼らの息子マシューと共にイビックにあるインディアンマウンテンと呼ばれる丘に向かった。遠くから見つめると、切り立った岸壁がインディアンの顔のように見えることからこの名前がついたという。ツンドラの大地をバギーで走り抜ける。私とマシューはバギーにくくりつけたソリに必死にしがみつく。その横をゴールデンレトリバーのハナが嬉しそうについてくる。天気は良かったが、地衣類に覆われた大地は水たまりの多い悪路で、幾度となく投げ出され、全身がびしょびしょになる。おまけにハナが真横で身震いをして水しぶきをかけてくれる。

インディアンの顔を横から見たように見えることからインディアン・マウンテンと呼ばれている
インディアンの顔を横から見たように見えることからインディアン・マウンテンと呼ばれている

「さぁ着いたぞ」

ロンがバギーを止めた。しかしそこはまだ山の中腹だ。彼は私を手招きし、草むらを突き進んでいく。少し歩くと茂みのなかに開けた小高い丘が現れた。

「ここがシェイファーファミリーの墓地だ。カーマンの祖父母、つまりチャックの両親の墓さ」

見るとカリブーの角が柵のようにずらりと並んで囲んだ中に、十字架の墓が4つ建ち並んでいた。

「彼らは自らの土地に埋まることを望むんだ。チャックもカーマンもきっとそうだろう」

鬱蒼とした森のなかにひっそりと立つシェイファー一家の墓
鬱蒼とした森のなかにひっそりと立つシェイファー一家の墓

エスキモーの人たちはその土地に生かされ、その土地で死んでいく。カーマンが言っていた「土地とのつながり」ということについて、私は改めて思いを馳せた。先祖から受け継いできた土地とその恵みを自らの子孫に受け渡していくことが彼らにとってどれほど大切なことなのか、私はその崇高な意志の片鱗に触れられたような気がした。

「さぁ、次は終点、インディアンマウンテンだ」

墓石に刻まれた文字をじっくりと読んでいると、ロンに促されバギーに戻った。カリブーの骨に囲まれ、茂みの中にひっそりと佇むその墓地は、私がこれまで見てきたどこの国の墓よりも自然で、穏やかなものだった。

10分もしないうちに鬱蒼とした茂みを抜け、ゴツゴツとした岩肌が現れた。おそらく今私たちはインディアンのおでこのあたりにいるのだろう。視界が一気に開け、海岸線とどこまでも続くツンドラの大地が一望できる。八月の中旬にも関わらず、山の上の木々はかすかに黄色く色づき始めているのが見える。

ロンは双眼鏡を取り出し、一番高い岩に登ってゆっくりと観察を始めた。彼の横にハナがぴったりと身を寄せて座り込む。確固とした信頼関係ができあがっていることは明らかだった。

「ダメだ。全く見当たらない」

ロンが双眼鏡から目を離して首を横に振った。バギーにはライフルが2丁積んであった。もしかしたらムースが見当たるかもしれない、と彼はわずかに期待していたのだ。私も双眼鏡を借り、木々の間をしらみ潰しに探したが、物陰ひとつない。この時期は一年で最も狩りに適していない季節であったので無理もない。カリブーはまだはるか北の大地におり、ムースもグリズリーもなかなか人前に現れることはない。

夏の間エスキモーの人々はサーモンを釣ったり、ベリーを摘みに行ったりして過ごす。唯一狩れる可能性が高いのはアザラシだ。一年を通して比較的狩りやすいアザラシはエスキモーにとって、なくてはならない食材である。その厚い脂肪からとれるシールオイルは、私達にとっての醤油のように彼らは何にでもかけて使う。スープやグリルはもちろん、サラダや果物にもかけて食べる。

「昼食にしよう」

バギーの中からロンが瓶を2つとクラッカーを取り出した。1つはオイル漬けのスモークサーモン。もう1つはシールオイルだった。どちらもカーマンの手作りだという。マシューが慣れた手つきでクラッカーにサーモンを乗せ、シールオイルを一掬いかけた。彼の大好物だという。私も初めてのシールオイルに挑戦してみる。かなり強烈な味だ。口に含んだ瞬間に魚に似た生臭さがふわっとたちこめ、しばらく口の中に残る。ガーリック風味のサーモンと合わさり、かなりのインパクトである。しかし不思議なことに再び試したくなる味だ。慣れてしまうと独特の酸味が心地よく感じた。

インディアン・マウンテンの頂で昼食を食べる
インディアン・マウンテンの頂で昼食を食べる

「俺には一生かけても慣れない味だよ」

ロンは長らくこの地で暮らしているが、未だにエスキモーの食生活には適応できていないようだった。ハナが足元でおこぼれを欲しそうに鼻を鳴らしていた。

インディアン・マウンテンから戻り、キャビンでチャックとコーヒーを飲みながら雑談をしていると、カーマンがレインブーツを履いてやってきた。

「これからマシューとアザラシ狩りに行くけど、ついてくるかい?」

私は待ちに待ったハンティングの様子を見られると思い、浮き足だって支度を始めた。チャックは「今日は波が荒いからどうせ捕れんさ」と吐き捨ててタバコを吸いに行った。話し相手を奪われ、ご機嫌ナナメになっているのだろう。

外に出てみると、確かに今日は風が強く、海面には波が立っている。マシューと私は入り江に停めてあるカーマンのボートに乗り込み、ライフジャケットを着た。カーマンはタンクトップにタバコをくわえ、ライフルと銛を抱えて乗り込んだ。いよいよ狩りがはじまるーー。私は興奮を押さえつけるのに必死だった。

「今日はマシューのデビュー戦なのよ。捕れるといいんだけど・・・」

14歳になるマシューはそれまでハンティングに同行することはあっても、自分で狩りを行ったことはなかった。なんだか落ち着かない手つきでライフルを触り、「いつもゲームでゾンビを撃ちまくってるから平気さ」、と真面目な顔で言う彼を見ていると急に不安になるが、ボートはもう大海原へ発進していた。

カーマンの三男、マシューは14歳。今日が狩りのデビュー戦だ
カーマンの三男、マシューは14歳。今日が狩りのデビュー戦だ

8月とはいえ、北極圏内に位置するアラスカの風は冷たく、身体が縮み上がる。荒波に飲まれ海に落ちようものなら、ものの数分で低体温症になる。そんな中をマシューはTシャツ一枚で全身に風を受けている。彼の表情には緊張の色が走っている。

「いたわよ、マシュー構えて!」

カーマンがボートのスピードをゆるめ、左前方を指さした。アザラシが1匹海面にひょっこりと頭を出してこちらを見ている。マシューは慌ててライフルのセーフティーを外し、スコープを覗く。

「しっかり狙いを定めて」

カーマンはボートのエンジンを切った。波が船体にぶつかる音だけが聞こえる。カーマンの目がハンターの目に変わる。ボートに緊張が走る。そして次の瞬間、

パァーーーン

乾いた音が海面を四方に滑っていった。手応えはない。

「上にずれたわ、惜しかったわね」

カーマンはボートのエンジンをつけ、ゆっくりと波の中を進む。もし弾が当たると、すばやくボートを走らせトドメの銛を打たねばならない。少しでも遅れるとアザラシが沈んでしまい、確保するのが非常に困難になってしまう。

「右ナナメ前よ!」

この辺り一帯はアザラシの住み処らしく、海面には、海水浴場の浮きのように、いくつもの頭が浮かんでいる。カーマンがいち早く標的を定め、マシューを促す。マシューは再びライフルを構え、狙いを定めて引き金を引いた。

パァーーーン

海面にアザラシの姿はない。またも外れたようだ。銃声に驚き、他のアザラシたちも逃げ出してしまった。

カーマンの目がハンターの目に変わった
カーマンの目がハンターの目に変わった

「くそっ、あと少しだったのに!」

マシューは悔しそうに天を仰いだ。するとカーマンはすかさず、

「セーフティーを戻しなさい」

と叱る。まだ不安定なマシューの銃使いを徹底させる必要があるようだ。

その後もボートを走らせ、アザラシの頭が見える度に止まり、マシューは銃を構えたがついに一匹も捕らえることができなかった。

海面にひょっこりと顔を出すアザラシ。こちらに興味津々だ
海面にひょっこりと顔を出すアザラシ。こちらに興味津々だ

海面に浮かぶ頭を狙うだけの簡単な猟に見えるのだが、波が立った海面は狙いを定めづらく、一人前のハンターでも一苦労なのだそうだ。カーマンはもちろんその事を分かった上でマシューを連れてきていた。

カーマンは息子に、銃の撃ち方、獲物の仕留め方などのハンティング技術を向上させることよりも、まず自然との向き合い方を手ほどきしていたのだった。自分自身が教わってきた動物との関係性や、自然の恵みへの感謝の心を伝えたい、そうした願いが込められている。

「人生で初めて捕った獲物は、地域の年配者に贈るしきたりがあるのよ」

エスキモー社会において、狩りの成果は生死に直接結びつくものだった。捕れ高不足は飢餓を意味する。それだけに狩りは神聖であり、様々な習慣が根付いていた。


カーマンはこうしたエスキモーの伝統を尊重し、子供たちに受け継がせようとしていた。

「なかでもマシューは特別よ。兄弟で一番エスキモーの生活を楽しんでいる」

私たちはボートでイビックへと戻った。マシューは不満げな表情を浮かべていたが、その日の波は本当に高く、熟練のハンターでも難しかったと母に聞くと機嫌を取り戻し、明日も行こう、と闘志に燃えていた。

見た目はロンの影響が強く、白人らしさが勝るマシューだが、彼のその瞳には、カーマンから受け継ぐエスキモーの血が、確かに流れているようだった。



Keijiro Ohata
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