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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第六章 マリファナとアルコール

by Keijiro Ohata

私が数あるアラスカの町でコッツビューに滞在することになった理由は、2年前のアメリカ留学の際出会ったジェフの故郷だからだと前に書いたが、当然この町にはジェフの親戚が何人も住んでいる。そのうちの一人、ダスティンは、ジェフの甥っ子にあたる男だ。今年で30歳になった彼は、伸び放題の顎髭を持ち、体格はげっそりと痩せて骨張っている。ダスティンの家は一軒家で、最近できた彼女との二人暮らしをしているのだという。

玄関の扉を開けると甘い草のような匂いが鼻を刺した。晴天の真っ昼間にも関わらずカーテンが閉められ部屋は薄暗く、煙がたちこめている。

「マリファナ、吸うか?」

ダスティンはまるでお茶でも出すかのように乾燥したマリファナ草を差し出した。私は丁重に断ったが、彼は気にもとめず一人で吸い出した。慣れた手つきでマリファナ草を粉末状にして手巻きタバコの要領でするすると巻いていく。あっという間にジョイントができあがり、火をつけた。

「この家で栽培もしているんだけど、見てみるか?」

そう言うと彼は自分の部屋に案内した。私は思わず目を疑った。彼の6畳ほどの部屋は、ベッドが一台あるだけで、足の踏み場がないほどの栽培中のマリファナで埋まっていた。さらに奥の部屋はマリファナにブラックライトで特別な光を浴びせて成長を促すための部屋となっている。彼はその中から程よく成長した葉を切り取り、薬用のケースにいれる。数日放置すると先ほど見たような乾燥したマリファナができあがるのだという。

この家にダスティンは彼女と二人暮らしをしているのかーー。私は半ば信じられない気持ちであちこちを見回した。

やがて彼の友達や、明らかにまだ中学生くらいであろう少年たちが家を訪れ、マリファナの回し吸いを始めた。

アメリカではマリファナを吸うことは決して珍しいことではない。どの州でも若者のほとんどが一度は吸ったことがあると言っても過言ではないほど、身近なものだ。だが、これほどまでの数のマリファナを自宅で栽培し、水やお茶を飲むかの如くひっきりなしに吸っている人を私は初めて見た。

アラスカ州では、昨年より公共の場を除き、マリファナの吸引、及び個人用栽培は合法化された。なのでダスティンが部屋で育てたマリファナを個人で消費している分には合法だ。私は彼の部屋に溢れそうなほど育ったマリファナの使い道については詳しく聞かなかったが、彼が重度のマリファナ中毒者であることはすぐに理解できた。彼はひっきりなしに吸い続けているため、ハイな状態と通常の区別がない。

やがて町内唯一の病院の受付で働くダスティンの彼女、ケイシーが帰ってきた。彼女は家にたむろしてマリファナを吸い続ける男たちに目も留めず、簡単な料理を作り始めた。彼女は吸わないらしいが、これだけ煙たい空間に暮らしていたら身体に匂いがしみついてしまっているのではないだろうか。

「別にマリファナを吸うことは特別なことじゃないわ。この人たちは吸い過ぎだけど」

彼女はそう言って笑うが、男たちはマリファナを吸いながら酒を飲み、リビングの床に座り込み、ぐでんぐでんに酔っ払う。

「親父からウイスキーをかっぱらってきた。好きなだけ飲め!」

ダスティンの友人の一人が頬を真っ赤に染めてそう言った。この生活を毎日しているとすれば、マリファナ中毒であり、アルコール依存症でもある。彼らはそのすれすれのところで無気力に、重いまぶたをかろうじて開けながら、パイプをくわえているのだった。もちろん既に深刻な依存症になっているものもいるだろう。

「来週少しだけ息子と会えるんだ」

すっかり酔いが回った夜の11時頃、ダスティンが新たなマリファナのジョイントを巻きながらそう言った。彼に家族がいたことを私は知らなかったので思わず聞き返した。

「前の奥さんとの間に6歳の息子がいるんだ。離婚して奥さんが引き取ってカイアナに引っ越した。俺が会えるのは月に一回だけだ」

カイアナはコッツビューから30kmほどの距離にある小さな村だ。それほど離れていないように思えるが、道路がないため高額なプロペラ機に乗るか、3時間ほどかけてボートで行くしかなく、その距離は遠い。月に一回だけ息子がコッツビューを訪れ、数日間一緒に過ごすことが何よりも楽しみなようだ。

私は彼が離婚し、子供と離ればなれになった理由を聞けなかった。いや、聞く必要がないように感じた。この家で、この生活で子育てをすることは想像できなかったからだ。

ダスティンは現在無職。たまに土木系の仕事をアルバイト程度でするらしいが、主な収入源は彼女のケイシーと、違法なマリファナ販売だと推測する。彼は高校を卒業して以降、いろいろな仕事を転々としてきたようだ。

ブッシュパイロットと呼ばれる、アラスカの小さな村やフィールドに向けてチャーター便を飛ばす操縦士だったダスティンの父は、10年以上前に飛行機事故で帰らぬ人となった。ブッシュパイロットの事故は後を絶たず、常に命の危険と隣り合わせだ。その分、万が一の事故の際には相応の保険金が支払われることが多いようだ。おそらくダスティンはそうした悲しい理由で生活の支えは手に入れたものの、直後に母も病気で失い、心の支えを失ったのだろう。

その分、彼の叔父のジェフや、コッツビューに住むジェフの兄、エイブが常に気にかけてきたはずだ。おかげで彼は自殺だけはすることなく今日まで生きてきた。しかしマリファナやアルコールにはどっぷりと浸かってしまった。彼の退廃的な生活や身なりを見ていると、人生や環境に絶望を感じながら、それをどうにか受け入れるしかないと自分に言い聞かせてきた過去が透けて見える。今の彼は不満を抱えながらもその日常に慣れてしまって、変化を求めなくなっている自分を認めているように映った。

「この町は本当に退屈だろ?」

彼は私にしきりにそう言い、日本での暮らしを聞きたがる。たむろしていたダスティンの友人たちも、その話題になるとそれまでに増して毒を吐いた。

「俺なんてこないだ映画を見に行くためにわざわざ飛行機に乗ってアンカレッジまで行ってきたよ」

まぁ毎回こんなことはできないけどね、と仲間の一人が笑って言った。映画館もなければボーリング場もない。バーもなければカフェもない。町内には娯楽と呼べるものは無いに等しい。その中で彼らはどうにか工夫しながらエンターテイメントを体験しようとしてきた。インターネットを使って映画を違法にダウンロードすることも、家で浴びるほど酒を飲むことも、そのうちの一つとしての感覚があるのだろうか。

しかし、満たされない。逆にインターネットやSNSで遠くの人たちと繋がったことによって、自分たちの境遇にさらに不満を覚えてしまう。アメリカ人でありながら、ほとんどのアメリカ人が手にする生活を、手に入れられない。そうした鬱憤を、この暗い部屋の床で、マリファナを吸いながらウイスキーを飲み、紛らわしているように私には見えた。

「俺たちよりひどい奴らはいっぱいいるぜ。俺らはまだ犯罪は犯してないからな」

ダスティンの仲間の一人が言った。確かに町内ではアルコールによるDVやレイプなどの犯罪がまれに起こる。自らの家庭は崩壊してしまっているが、この薄暗く煙たい部屋で毒づく自分たちはまだ完全に飲まれてはいない。そんな自負が、立ち上がろうとする意欲を彼らから奪っていく。

彼らには目指すべき理想像がない。そのことの意義の大きさに私はここに来て初めて気がついた。自分がどう生きるべきか分からないまま高校を卒業して、当たり前のように漁師や鉱夫や修理工になって家庭を持つ。自らの両親がそうしてきたからだ。しかし当の両親たちはどうしてその生き方を選んだのだろうか。それは彼らと同じく、「なんとなく」だったのではないだろうか。

親の背中を見て子供は育つ。それは一概には言えないことだが、育ってきた環境が価値観や生き方に一定の影響を与えることは否定できない。アルコール依存や自殺率の高さは半世紀以上続く問題だ。彼らの両親も苦しみ、その環境で彼らは育ってきた。

人生の大半を過ごした環境や価値観を打ち破ることは非常に難しい。カーマンでさえ、あれほど両親に苦しめられながらも、自分も同じ道を辿り、そこを抜け出すのには長い年月を要した。

そして同じ境遇の仲間が自分の周りには何人もいる。逆に言えば身近なヒーローがいない。自分たちが憧れたり、目標にしたりする生き方をする人間がいない。そうした環境で気がつけば30歳になり、今度は自分たちが子供をもつ歳になり、また同じ環境を子供にも押しつけてしまっている。そんな負の連鎖が彼らのなかで出来上がってしまっている。私はダスティンとその仲間たちとの酒とマリファナの日々を垣間見て、そう感じてしまった。


Keijiro Ohata
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