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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第八章 犬ぞりを受け継ぐ

by Keijiro Ohata

ディーンの家でテレビを見てくつろいでいると、デンプシーから電話がかかってきた。

「今から犬ぞりを走らせるけど、ついてくるか?」

私はすぐにジャケットを羽織り、チャックから借りたバギーでデンプシーの家に向かった。

デンプシーはボロボロのピックアップカーに乗り込み、私は末の娘のダーサーと一緒に後部座席に乗り込んだ。時刻は午後8時。まだまだ空は明るい。

前に一家でフィッシングした場所の浜辺にデンプシーの犬舎があり、20匹ほどのハスキーが繋がれている。私たちが近づくと、久々に走れると思い犬たちは興奮して吠えまくっていた。犬ぞりレースは冬のスポーツなので、夏の間は雪のない地面をバギーに犬を繋げて走らせる。こんなに重いバギーを10匹ほどの犬たちが運べるのだろうかと心配になったが、ハスキーたちの力は想像以上のものらしい。

手綱を持ってデンプシーが興奮した犬の群れのなかに分け入っていく。今にも噛みつきそうな獰猛さだが、デンプシーは叱りつけながら今日の犬を選抜していく。選ばれた犬は首根っこをつかまれて連れられる。

「お前が首輪をつけてくれ」

デンプシーが真剣な顔で私に言った。こんなに興奮したハスキーに素手で首輪をつけることほど怖いことはない。私は半分泣きそうになりながら恐る恐る首輪をはめる。冷や汗をかきながら次々と首輪をつけ、バギーに繋げると、いくつかの犬は左右の目の色が違うことに気がついた。

「オッドアイというやつさ。理由は分からんがハスキーにこれが多い」

デンプシーが興奮する犬を静めながらそう言った。それはルビーのような赤い瞳と白人のような青い瞳が対照的でなんとも違和感があるが、美しい。

その時、デンプシーが急に一匹の犬を怒鳴りつけ、鞭で殴りつけた。見ると彼の頭から血が流れている。バギーに繋ごうと屈んだところを、興奮しきった1匹のハスキーに引っ掻かれたのだ。彼の怒鳴り声で先ほどまで吠えまくっていた犬たちは1匹残らず静かになった。彼の頭から流れる血は額を伝い、顎に流れて地面に滴り落ちる。彼は無表情に「犯人」のハスキーを徹底的に鞭打つ。それは異様な光景だった。

あとでチャックにそのときの事を話すと、

「普通ならその犬はその場で殺されるだろうな。あいつは優しい男だ」

と言っていた。エスキモーの人々にとって少し前まで犬は生活の要だった。犬を服従させ、ソリを走らせないと自らの命がない。そうした極限状態における人と犬の関係は、私たちの社会におけるそれとはまるで異なる。今では犬ぞりがエスキモーの人々の暮らしに不可欠ではなくなったが、レースという形になったにしろ、エスキモーの精神を持ち続けるデンプシーやチャックたちにとって、当時の関係性は生き続けている。

あっけにとられる私を見て、デンプシーは我を取り戻したかのようににっこりと笑って、

「ちょっと油断しちまった。適当に縫ってくれないか?」

と言って傷口を差し出した。鞭打たれたハスキーは少し元気なさげに立ち上がって高く鼻を鳴らした。ダーサーが待ちくたびれたようにバギーに乗り込み、デンプシーと私を急かす。

「よし出発だ!」

彼が大声で犬たちに号令をかけると、ハスキーたちは待ってましたと言わんばかりに一斉に走り出した。バギーには大人2人と子供1人が乗っている。バギーのメーターを見ると、時速20kmは出ている。犬舎の前から続くビーチを犬たちは懸命に走る。時折デンプシーがバギーのブレーキを少し握り、負荷をかける。犬たちはしばらく走ると水たまりで停まり、水を飲む。するとすぐにデンプシーがかけ声をかけてまた走り出す。この繰り返しをしばらく行い、海岸沿いを20分ほど走る。このコースを秋になると必ず毎日行うようだ。

レースは主に春に行われる。4月にはこの辺りで1年で1番大きな大会があり、彼は毎年出場しているらしい。

コバック440と呼ばれるそのレースは「北極圏で最も過酷なレース」と呼ばれるほど、タフなレースだ。凍った川の上をひたすら走り、周辺の村を通過して、往復850kmを3日かけて走りきって戻ってくるというとんでもない大会だ。これは東京から山形まで行って帰ってくるようなもので、この行程を犬10匹ほどと自分自身だけで、氷点下の雪道を駆け抜けるのだ。もちろん全員が走りきれるわけではなく、リタイヤもたびたび出る。デンプシーは7年連続で出場していて、昨年度は惜しくも途中棄権となってしまったが、終わってみると「ベストスポーツマン賞」をもらっていた。彼はそのときのことをあまり語りたがらないが、どうやら名誉のリタイヤだったようだ。

デンプシーの長女のハーレイは、そのジュニア大会に毎年出場するらしく、よく父と共にトレーニングを行う。5歳のダーサーも大きくなったら出場したいのか、必ず同行しているのだという。

ひとしきり走り終えると、さすがに犬たちは疲れ切ったように舌をだし、首輪を外され犬舎に戻される。最後に、先日釣り上げたサーモンの余った部分などで煮込んだスープが晩ご飯として与えられる。これほどパワフルな犬たちのエネルギーの源はアラスカの海の幸にあったようだ。ここでもデンプシーは興奮した犬たちを叱りつけ、平等に食事を与える。気がついたら午後10時を周り、ようやく日も水平線に近づき始めた。

「そろそろ帰るか」

デンプシーの頭の出血はいつの間にか止まり、かさぶたのようになっている。彼の家に戻ると、看護婦として働く奥さんが傷を見て、応急処置をしたが、大事ではないようだった。

家にはデンプシーの子供たちと居候する友人たちがくつろいでいた。ちょうど宅配ピザを頼んで晩ご飯を食べているところだった。そう、この町にはカフェやバーはないが宅配ピザはある。そこが非常にアメリカらしさを感じてしまうところだが、町の数少ないレストランや売店がピザやフライドチキンの宅配を行っているらしい。寿司もあるらしい。

さらにピザに関しては近郊の村にも宅配を行っているらしいのだが、その方法が何とも面白い。ボートで行けば最低でも片道1時間はかかるので、小型飛行機をチャーターして届けるのだという。当然のようにピザの値段は相場の何倍にも膨らみ、めったに注文はないが、ピザ一枚にかける彼らの情熱には敬意を抱かざるを得ない。

「1枚どうだ?」

気がつけばもう午後11時だがまだ何も食べていない。ピザを頬張りながら若者たちとソファで話しをする。彼らが自分の文化に対してどのような想いを抱いているのか、聞いてみた。

「罪悪感。この言葉に尽きるわ」

今年高校3年生になったハーレイはそう言った。両親たちが受け継いできた文化や価値観を自分たちは次の世代へ繋ぐことができない。そのことへの想いだ。私には漁や犬ぞりもやるデンプシーの子供たちはかなりエスキモーの文化を受け継いでいるように見えていた。実際彼らが同年代の他の若者に比べて理解があるのは事実だろう。しかしそれでもまだ足りない。

「お父さんは”私たちの言葉”をしゃべれるけど、私たちにはできない」

イヌパック・エスキモーの固有言語をしゃべれる人間はもうほとんど残っていない。ほとんどが、チャックが居候する家のフレッドのような70歳を超える高齢だ。ハーマンやチャックでさえ喋れない。デンプシーのように50歳代でもしゃべれる人間は本当に数えるほどしかいない。彼は両親に習ったというが、自分たちの子供たちに教えることはなかった。その代わり魚の捕り方や切り方、ハンティングの仕方などは教え込んできた。

若者がエスキモー文化を受け継げていないのは、それを学ぶ機会がなかったからということもあるだろう。西洋文化が急速に流れ込み、若者には選択肢が広がり、より楽しい方へと進んできた。大人たちは、教えを受けることなく自ずと学び、身体に染みつくように受け継いできた。その感覚からようやく抜け出し、重い腰をあげたときにはすでに手遅れになっていた。

「でも俺は自分の子供にはできる限りのことを教えたいと思っている」

長男、デンプシー・ジュニアはまだ生後9ヶ月の息子を抱えてそう言った。彼の腕の中で眠る赤ちゃんはデンプシーそっくりだ。

「俺たちは言葉は教えることはできないけど、エスキモーのライフスタイルは受け継いでいるつもりだ。それだけでも息子には受け継いでもらいたい」

祖母のカッシーから母のファーニーと父のデンプシー、そして息子のジュニア、娘のハーレイと受け継いできたエスキモーの暮らしを、これからは彼の腕の中で静かに眠る、自らの息子へとバトンを渡す。それは彼らの世代よりもさらに困難なことになっているだろう。しかしこの家に住むウッズファミリーなら、さほど心配はいらないように私は思えた。ハーレイの「罪悪感」という言葉からは、その手からこぼれ落ちた遺産の尊さに胸を苦しめながらも、その手のひらに残ったわずかな宝物を大切に次の世代へと手渡していこうという決意が感じられたからだ。


Keijiro Ohata
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