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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第九章 エスキモーの大学生

by Keijiro Ohata

「明日から孫が帰ってくる。彼女はアンカレッジの大学を卒業したばかりなんだ」

いつものようにハーマンの家で晩ご飯を共にしているとハーマンがそう言った。ブライアンとカレンの娘、ブリアナのことだ。姪っ子にあたるファーラーの誕生日を祝いに、わざわざコッツビューに来るらしい。

「よかったらいろいろ話を聞いてみるといい。うちの自慢の孫娘だからな」

ハーマンにそう言われ、次の日も家を訪れた。

「ちょうど今ブルーベリーを採りに行って帰ってきたところよ」

ブリアナは父親のブライアンにも、母親のカレンにも似ていないが、初対面でもフレンドリーなところはリッチファミリーの特性だろうか。

彼女は5日間ほど滞在して、またアンカレッジに戻るのだという。この短い期間にファーラーのためのユピックと呼ばれるエスキモー伝統のパーカーを縫い上げるのだという。花柄の生地に糸を通しながら、大学での生活や彼女の進路について話してくれた。

ファーラーのためにユビックと呼ばれるエスキモー伝統の洋服を作るブリアナ
ファーラーのためにユビックと呼ばれるエスキモー伝統の洋服を作るブリアナ

「だいたいクラスメイトの半数は大学へ進んだわ」

コッツビューの高校を卒業して、何をやるべきか分からず一度は鉱山で技術者として働いたブリアナだったが、体調を崩して入院したことをきっかけに、エスキモー社会の医療の質の低さに気づいたという。

「どうにかこの町に貢献できる仕事をしたいと思って、大学に通うことにしたのよ」

本来ならば医学を専攻したかったが、アラスカ州内の大学では学べず、まずは自然科学を専攻することになった。授業を受ける傍らアンカレッジの医療機関でインターンシップとして経験を積んだ彼女は、そもそもエスキモーなど先住民族に関する医学的研究が圧倒的に少ないことに気がついたという。

「私たちにはアルコール依存やDVなどの精神的な病気がこんなにも多いのに医療環境は一向に良くならない。医師だってみんな外部からの人間。私たちの問題は私たち自身が変えなければいけないと思い始めたわ」

彼女は無事に四年間で大学を卒業し、今は引き続きアンカレッジでインターンシップをしている。その主な内容は精神心理について。私が今回の取材のテーマである、アルコール依存や自殺率の高さとストレスなどの精神心理との関連を研究しているとのことで、彼女から多くのことを教わった。

彼女もまた、友人や親戚が苦しむ姿を見て育ってきた女性だ。この町を出てアンカレッジにて一人研究に勤しむ彼女を突き動かすのは、彼らを救うには、自分たちが立ち上がるしかないのだ、という確信だ。

「いつかこの町に戻ってきてファーラーのような若い子供たちが大人になっていく時に、そばで救ってあげたい。それが今の目標かな」

ブリアナの今回の帰省の目的はファーラーの誕生日を祝うことだ
ブリアナの今回の帰省の目的はファーラーの誕生日を祝うことだ

彼女は現在24歳。雰囲気や話しぶりは非常に落ち着いていて、聡明な印象を受ける。それでも成績はギリギリだったのだという。

「この町から大学に進学しても卒業できるのはほんのわずかよ。みんな途中で帰って来ちゃう」

コッツビューなどのエスキモーの村で育った若者にとって、アンカレッジとフェアバンクスにある州立大学はまるで異世界だ。州内には4年制の大学は3つだけ。アンカレッジとフェアバンクスとジュノーにそれぞれ州立大学があるのみだ。それらの大学には当然のことだが州内の学生のみならず他州からも学生がやってきて、白人が7割ほどを占め、彼らのような先住民はわずか7%しかいない。いくら彼らが普段の生活でテレビやインターネットで他のアメリカ人たちと変わらない生活を送っていても、この環境変化は負担が大きい。さらにこの辺りの若者の教育水準は全国平均よりも低く、大学に受かっても単純に学業についていけない学生も多い。高校を卒業し、初めて外の世界に飛び出す彼らは自分たちがマイノリティであることをその時初めて実感するのだ。

ブリアナも何度もホームシックにかかり、コッツビューに帰ることを考えたという。それでも彼女が4年間で無事卒業することができたのは、彼女の志の強さや家族のサポートだけによるものではない。

「大学には私たちのような先住民族の学生のためのコミュニティーがあるの。私も何度彼らに救われたことか」

彼女は遠い昔のことを思い出すように窓の外を見て笑った。そのコミュニティーでは、定期的な集会や、カウンセリングを受けることもでき、彼らのようなエスキモーやインディアンの学生を精神的にサポートしている。たった7%しかいない彼らが疎外感を感じて中退することを防ぐため、同じ境遇の学生が集まり、互いに支え合う場にもなっている。

「でもこんなプログラムがあるのはアラスカ州内の大学だけ。一歩外に出ると周りを見渡してもエスキモーの学生なんて一人もいなくなるわ。正直言ってそれが怖いの」

ブリアナが医学を勉強しようと思うと、州から出なければならない。その決意がなかなかできない。彼女が卒業後もアンカレッジに残っていることにはそうした理由もあるようだった。アンカレッジから最も近い大都市はシアトル。しかしその間には、地理的な距離以上の大きな隔たりがあるように感じるのだという。

結局、コッツビューの高校を卒業した40人の彼女の同級生のうち、大学に進学したのは半数の20人で、その中で現段階で卒業をした学生は、ブリアナを含めてたったの3人。エスキモーの若者にとって、故郷を出て新しい環境に馴染んで勉強をすることがいかに困難であるか、この数字が物語っている。アメリカ全体では平均して6割以上の学生が卒業することに比べると、圧倒的に少ない。いくらインターネットが普及して西洋文化にどっぷり浸かった彼らとはいえ、やはり他のアメリカ人の若者とは決定的に違う。彼らは結局「エスキモーの若者」なのだ。そのジレンマが彼らを苦しめる原因の一つでもある。

彼女がコッツビューの町を出て、アンカレッジで大学や研究機関で時間を過ごすなかで感じた、エスキモーの若者がその他のアメリカ人の若者と決定的に違うことは「自信とモチベーションを持ち合わせていないこと」だと言う。

コッツビューの町にはチャンスがない。それはある意味で事実だ。高校を卒業した若者は漁師や鉱夫となって生計を立てるしか道がない。大学に通う選択をしても、卒業することは容易なことではない。そしてたとえ卒業をしても、コッツビューに戻ってきて就く職はない。せっかく努力して得た知識を使う道がない。残された道は町を出て、全く新しい環境で生活を送るか、ブリアナのように町に還元する形で新しい道を切り拓くことだ。しかしその選択をすることができるのは一握りの若者だけだ。ブリアナ曰く、多くの若者は楽な道を選ぼうとする。

「この町にいれば、周りは知り合いだらけだし、同じ悩みや同じ境遇の人といつまでも一緒にいられる。わざわざ外に出て苦しい思いをする必要はない、って考えるのよ」

私はダスティンの家に集まって酒を飲み合い、マリファナを吸い合っていた男たちのことを思い浮かべた。彼らの生き方を否定するつもりはないが、彼らが長年共にいることの最大の目的はそこにあるように思えた。誰もが言葉に出さなくても共有できる悩みや葛藤がある。

もちろん彼女にもその気持ちは痛いほど分かる。同じ境遇の人たちが周りにいることの心強さは大学時代に身をもって理解した。

「けれどいつまでも頼りっぱなしでは何も変えられないわ」

彼女は故郷の医療、精神ケアの現場を変えるために一歩を踏み出した。それは孤独な戦いになるだろう。しばらくはコッツビューを離れ、経験を積む必要がある。どうすればファーラーのような若い世代の悩みや苦しみを救えるか、まだ明確な答えは出ていない。

「けどこの土地とここの人たちが大好きだから頑張る。いつだって私の心の根っこにはコッツビューのことがあるから」

彼女は5日間の帰省の間、毎日祖母のサウラックと一緒にブルーベリーを摘みに出かけ、友人と会い、束の間のふるさとを楽しんだようだった。そして帰ることになると、ファーラーのためのユビックもできあがった。ピンクの花柄のそのユビックをもらい、ファーラーは大喜びだった。そうして彼女はアンカレッジへと戻っていく。コッツビューから飛行機で2時間ほどの距離だが、彼女にとってはそれでも遠い海の向こうに来たような気持ちにさせる。

「できるだけ早く知識を身につけてこの町に帰ってくる。寂しいけど今は我慢の時だと思ってるわ」

ブリアナはユビックを着て部屋の中を走り回るファーラーを見てそう言った。彼女はその日の夜、アンカレッジへと向かう飛行機に乗り込んだ。


Keijiro Ohata
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