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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち あとがき

by Keijiro Ohata

一ヶ月はあっという間に過ぎていった。

2年前に一人の男、ジェフに話を聞いて以来繋がった、私とエスキモーの人々。極北に住む同じ年頃の若者が、行き場を無くしてアルコールに溺れ、自ら命を絶つ。その悲劇の連鎖を引き起こす原因は何なのか、私はこの町に来て、自分の目で確かめてみたかった。

この期間に私がコッツビューで出会った人々はごく一部に過ぎない。しかしそこから見えたものは、断片的でありながらも、率直に抱いた印象に変わりない。
「自分はどこから来た人間か」ーー。この問いかけを私はかつて意識したことなどなかった。意識などしなくても、当たり前のように自分にはルーツがあり、その繋がりの中に生きている。しかしエスキモーの若者たちにとって、その繋がりを意識できることがどれだけ難しく、またどれだけ強い支えとなるか、私は肌で感じることができた。

かつてはその土地や先祖との繋がりを、生活の中に取り込んで肉体的にも精神的にも感じることができたエスキモーの人々は、西洋化の波に急激に揺さぶられ、たった一世代、二世代で大きな断絶を生んでしまった。見た目は同じエスキモーでも、本当に自分はここから来た人間なのか、自分はどこに属するのか、と疑問を抱いてしまう。
西洋的な教育を受け、テレビやインターネットで「アメリカ人」らしく育ってきた若者たちも、一歩町の外に出てみると、自分たちが彼らとは全く別の人間であることに気づく。
なおさら自分の居場所が分からず、両方の社会との断絶を感じるのだ。

アルコール依存症や若者の自殺。こうした心の病は、自らのルーツを見い出せない彼らが「精神的支柱」を失ったことによるところが大きい。生きる中において悲しみや絶望が彼らの身を襲ったとき、その支柱を持たない彼らは容易に、「Hopeless(救いがない)」と感じてしまうのだ。その先に待ち受けている苦しみから逃れるために、ある者はアルコールやドラッグにすがり、そしてある者は自らの命を絶つことで解放されることを望む。

エスキモーの価値観から離れ、アメリカ人としての価値観にも振り切れないまま大人になった彼らは、目指すべき理想像を持ち合わせていない。鉱夫や漁師としてしか食を繋ぐ道はなく、目指していなくてもその道に進むしかない者もいる。そうして家庭を持った彼らは、どう子供を育てたら良いのか分からず、最悪の場合にはDVやネグレクトへと発展する。

「負の連鎖」とラヴァーンが指摘したように、目指すべき理想像を持ち合わせないまま大人になった彼らは、その次の世代にも強い影響を与えてしまう。
子育てをしなくなった家庭環境が、今もなおアルコール依存症や、それに伴う自殺を止められない大きな原因の一つとなっているのだ。

彼らに求められているものは「目指すべき姿」だ。
鉱夫や漁師以外の道を望む者には、大学へ進んで別の道を目指すこと。
子育てが分からない者には、まずは向き合い方を教えること。
こうした目指すべき姿を、エスキモーである彼ら自身の中から創り出すことこそが、エスキモー社会には求められている。これからの時代を生きるための新しい生き方を、その背中を通して見つめることができれば、エスキモー社会の変化のきっかけとなることができると、私は強く感じた。

幸いにも、その種はエスキモーだけでなく、その土地を愛した人々によって蒔かれ、芽を出そうとしている。
彼らが未来の世代へ託そうとした想いはたった一つ。

「自分はどこから来た人間か」

極北の地で消えゆくルーツを、そのギリギリのところでいま再び取り戻し、実を結び、次の種を飛ばすことへと繋がること。そのことを、去りゆく世代は自らの後悔を胸の奥に抱きながらも、願い続けている。

それは決して、Hopeless ではない。



Keijiro Ohata
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