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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第十章 マイノリティのマイノリティ

by Keijiro Ohata

イビックでチャックのキャビンでくつろいでいる時、電気もなくインターネットもないキャビンでは古ぼけたラジオだけが唯一の娯楽であり、情報源だった。チャックは朝起きてすぐスイッチを入れ、寝る直前までつけっぱなしにしていた。手動式チューナーのそのラジオからは古いカントリーソングから最近のヒットソングまで、様々な曲が流れる傍ら、エスキモー語講座の番組やアラスカ州内の主なニュースを発信していた。チャックによるとイビックではそのラジオ局しか聴けないのだという。

いつもそのラジオのDJは眠そうな声でニュース原稿を読み、曲紹介をしていて、聴く側の眠気を程よく誘っていた。

「こちらKOTZラジオ、コッツビューの放送局からお送りしております。今日の一曲目は・・・」

私はイビックのキャビンの中で放送を聞きながら、このDJはどんな人なんだろう、どんなラジオ局なんだろうと想像を膨らまし、コッツビューに戻ったら訪れてみようと密かに企んでいた。

ハーマンにラジオ局の場所を聞き、歩いて向かうと大きなパラボラアンテナが見えてきた。普通の一軒家のような白い建物に、「KOTZ Radio」とカラフルに描かれている。私はドアを開け、中を覗いてみた。

コッツビューの町の中心にあるラジオ局、KOTZ Radio
コッツビューの町の中心にあるラジオ局、KOTZ Radio

目の前の部屋の扉の上にはON AIRと書かれた電光掲示板が赤く光っている。その中ではふっくらと太った男がマイクに向かって話している姿が窓越しに見えた。今まさに生放送を行っているところのようだ。そして館内のスピーカーからはいつものあの眠い声が聞こえてきた。彼こそがDJだ。

「今日はカントリーソングの日です。みなさんどんどんリクエストを送ってくださいね」

彼はそう言うとジョニー・キャッシュの”Ring of Fire “をかけた。そして窓越しに見つめる私を見つけ、放送室から出てきた。

「何かリクエストしていきますか?」


彼の名前はレヴィ・フォスター。ふくよかな体格に眠そうな目。エスキモー独特の浅黒い肌にはまだあどけなさが残る。聞けば昨年コッツビューの高校を卒業したばかりの18歳だという。卒業後すぐにDJとして働きだし、ほぼ毎日番組を担当しているそうだ。

「本当は大学に行きたかったんだけど成績が間に合わなかったから来年申し込むんだ。それまでお金を稼いでおこうと思って」

アラスカ大学フェアバンクス校で化学を専攻したいというレヴィは、クラスの半数近くが大学進学するのを横目に、日々マイクに向かう。レヴィによると、彼のように高校卒業しても1年や2年のブランクを置いて大学に進学する友人も多いようだ。

しばらく話していると、彼が何かに気づいたように慌てて放送室に駆け込み、マイクのスイッチを入れた。リクエストされた曲が終わったのだ。彼はそこから、寄せられたバースデーメッセージを読み上げ始めた。私がぼんやりと窓越しにその様子を見ていると、別の部屋からもう一人男が現れた。

ジョージと名乗るその男は髭面で、ディレクターのような風貌だが、実はボランティアのリクエスト応対担当なのだという。かつてKOTZのDJとして働いていたというジョージは、退職後の暇な日々に耐えられず、無償で職場復帰をしたようだ。だが新しくなった機械の扱いには慣れられず、電話応対くらいしかできることがない、とぼやいていた。

ボランティアとして職場復帰したジョージ
ボランティアとして職場復帰したジョージ

ジョージによると、KOTZラジオは公共放送で、アラスカ州から出る予算と、リスナーの寄付から成り立っているのだという。

「だから俺はタダ働きするしかないのさ」

と大声で笑うが、リクエストの電話が鳴ると機敏に動き回る姿は楽しそうに見える。KOTZラジオは、その建物の外壁に描かれたカラフルな絵や、一昔前のスピーカー、手書きの番組表、そして小さな館内を走り回るレヴィやジョージの姿から、暖かな”手作り感”が伝わってくる。

KOTZラジオの放送範囲は、コッツビューを中心に、キアナ、セラウィク、シシュマレフなど、北西アラスカの村々をカバーしている。私がチャックと共にイビックで聴いていたように、電気やインターネットのないキャビンなどで生活している人たちにとっては文字通り唯一の情報源となっているのだ。イビックのような周囲に人がいない環境にいると、ラジオから聞こえてくる音楽やDJの声に、どこか安心するものなのだ。

「緊急時には伝言もすることができるんだ」

ひと通りバースデーメッセージを読み上げたレヴィが出てきてそう言った。電話が繋がらないイビックのような場所でも電波に乗せてメッセージを送ることがあるのだという。もちろん伝えたい相手がラジオを流している必要があるが。アラスカの広大で未開の大地においては、ラジオは未だにライフラインとして重要な役目を負っている現状があるのだ。


収録済みのエスキモー語講座の番組に変わり、しばらくマイクから離れてもよくなったレヴィは、日本から訪れた急な来客に興味津々なようで、しきりに話しかけてくれた。お互いの学校生活や友人関係を話していると、彼は次々と町の不満を語り出した。

「この町にいると窮屈で仕方ないよ。みんな知り合いみたいなものだから、噂はすぐに広まるし。それくらいしか楽しみがないからね」

彼がこの町の閉塞感を嫌うのには理由があった。

「僕はゲイなんだ」

彼は私の反応を伺うように一息置きながらそう告白した。
アメリカでは同性婚が合憲と認められるなど、新たな価値観が定着しようとする流れがあるが、「それは大都市だけの話」とレヴィは言う。

「こんな小さな町ではまだまだゲイなんてあり得ないっていう価値観だよ」

ごく少数派のレヴィのような性的マイノリティーは町中に広まる噂や偏見に肩身の狭い思いをしている。同学年の友達はあまりいないと語るレヴィは半ばあきらめたような表情を浮かべ、笑った。

「だからこそ早く大学に進学したいんだ」

コッツビューという町に、ネガティブな思いしか持っていないように思えたレヴィだが、自分がエスキモーであることに対しては、特別な感情を持っているようだった。彼が私に日本についてあれこれと質問するなかで、印象的な言葉があった。

「君は自分たちの言語をしゃべれるの?」

もちろん、と私が笑って答えると彼はいいな、と真剣な表情でつぶやいた。

「僕ももっとしゃべれれば良かったって本気で思うんだ。あと3,40年早く生まれていればなぁ」

両親共にエスキモーの家庭に育ちながらも自分はその文化を共有できていない。世代を超えるごとに希薄になるアイデンティティーにレヴィは焦りと後悔の思いを抱いているようだった。

「エスキモーは本来はもっと年配者を敬い、互いに助け合う文化を持っていたはずなのに、今じゃその価値観は無くなっているように感じる」

「僕はこの時期はよくブルーベリーを採りに行くんだけど、今じゃそこら中にゴミだらけだよ。自然へのリスペクトすらなくなってきているんだ」

レヴィは私の目をみつめてそう言った。

彼の言葉の節々には、どこか「現状は変えられない」というあきらめに近い無気力さが滲んでいるように私は感じた。自分自身を含め、周囲の人々や社会が直面する価値観の喪失と同時に、新しい考え方を受け入れることができない硬直性に不満を抱きながらも、この流れを変えることへの期待は持ち合わせていない。それでもせめて自分は自分らしく生きたい、という思いが彼を外の世界へと目を向けさせ、「エスキモーであり、ゲイである自分」であり続けるための道を求めているように感じられた。

おそらく彼はこの町を離れると戻ってくることはないだろう、私は放送室へと慌てて戻っていく彼の背中を見てそうなぜかそう思った。



「何か一曲リクエストしていくか?」

ジョージが帰ろうとする私に向かってそう言った。私はノートの切れ端のような手作りリクエスト表を渡され、ふと頭に浮かんだ曲を書いた。選んだ曲はWilcoの"Jesus etc."。紙を受け取ると、カントリーの日だけどまぁいいさ、と彼は言い、棚からCDを探し出した。しばらくすると私のリクエストを受け取ったレヴィがCDをプレイヤーにセットし、

「次の曲は日本からのリクエスト、WilcoのJesus etc.です」

とマイクに話し、私の方を向いてニッコリと笑った。

私は曲がかかるとスピーカーの前で目を閉じ、イビックやアラスカの原野にぽつりと点のようにある小さな村で、小さなラジオからこのメロディーが流れていることに思いを馳せた。それは何とも言えない壮大な気持ちだった。自分の好きな曲が電波に乗って川や海を越えてアラスカの大地を駆け巡り、自然の中で生活を営んでいる人々のそばのラジオまで届いている。イビックのチャックのキャビンで私が聴いていたように、無限に広がるアラスカの大地を眺め、聴いている人がいる。顔も知らない彼らだが、同じ時間を同じ音楽で共有できた喜びを、私は沁みるほどに感じた。曲が終わると私はレヴィとジョージに感謝を伝え、KOTZを後にした。

小さな町の小さなラジオ局。そこで働く若者が、不安や葛藤を抱えながらも自分らしく生きていく道を模索する姿を少しの時間だが見つめられたことを私は幸せに思えた。


Keijiro Ohata
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