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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第十三章 赴任教師が見たエスキモー社会

by Keijiro Ohata

ブライアン・ベイリーはコッツビュー高校1年生を担任する若手教師だ。シアトルで生まれ育ち、地元で教員として働いていたが、3年前にこの極北の町に赴任した。赴任1年目で同校の理科教師のケイシーと結婚し、昨年には娘を迎えた。

「来年か遅くても再来年にはこの町を離れるだろう」

夫妻共に州外出身のベイリー一家は、娘の教育を控え、この町を去って行く。現在担任を持つ学年が卒業を迎える前に自らが去ることに後ろ髪を引かれるが、彼らにも生活がある。馴染みのある土地に戻り、新たな生活を始める。

コッツビュー高校の教員の任期は概して短い。ベイリー夫妻のように州外の白人教師が大半を占める学校陣営は入れ替わりが激しく、10年以上の古株教師はごくわずかしかいない。そしてこの町の人口の約8割を占めるイヌパック・エスキモーの教師は一人もいない。

「一学年あたり50人の生徒のうち、35人が卒業し、20人ほどが大学へ進学する。卒業できない15人は退学となり、大学へ行ったほとんどの生徒が中退して戻ってくるよ」

ブライアンはコッツビューの進学率に懸念を抱きながらも、生徒たちに簡単に大学進学を勧めてよいものか、という葛藤を持つ。というのも、大学へ進むということが生徒たちにとって最善の選択であるとは言い切れない背景があるのだ。

この町の主な働き口は漁業と鉱業。大学へ行って経済学や法律を学んだところでその知識を生かす場がないのだ。高校を中退した者や大学へ進学しなかった者が就く仕事に、大卒者の居場所はない。生まれ育った土地に精神的つながりを見いだすエスキモーの人々にとって、教育を受けることが「帰って来たくても帰れない」状況を作り出してしまっているのだ。

さらにブライアンは生徒たちが大学で挫折を味わってしまうのではないか、という不安を口にする。

「低く見積もってもこの町の教育水準はアメリカ全体の平均より2学年分下回っている」

アメリカの大学は日本のような受験制度はなく、エスキモーやインディアンの学生は州内の大学には比較的容易に入ることができる。しかし彼らが壁に衝突するのはその後なのだ。ハーマンの孫娘のブリアナが語っていたように、アメリカ各州から来る学生との成績の差を痛感し、必死に授業に食らいついていく必要がある。

「しかしその過程で挫折してしまう学生がどうしても出てしまう。そういう形でこの町に戻ってくることをどう受け止めればよいのか正直分からない」

生徒たちの家庭の経済状況も余裕があるわけでは決してない。大学進学者のほとんどが、町からの奨学金である「Aqqalukプログラム」の助成を受けている。コッツビュー出身の指導者の名前を冠したこのプログラムでは、周辺の村の学生がアンカレッジやフェアバンクスの大学に通うための奨学金を付与している。一学期間当たり約20万円の補助を受けられることができ、ハーマンの孫娘、ブリアナも利用しているという。

しかしブライアンは、奨学金の助けがあっても大学進学が叶わない生徒たちもいると指摘する。

「家族のサポートがないと進学はできない。この町にはそういう親たちが多すぎるんだ。アルコール依存症の親たちが子供たちの未来を絶っているんだ」

シアトルで生まれ育ち、コッツビューに赴任という形で足を踏み入れた白人教師である彼は、その短い滞在期間でありながらもラヴァーンと同じ問題点を見いだしていた。アルコール依存症が原因のネグレクトや家庭内暴力ーー。そうした親の元育った子供たちは教育を受ける価値にさえ気づかないのだという。

「大学へ進めば、新たな進路を切り開く可能性があるかもしれない。そこに希望を見いだせないんだ」

そしてブライアンは赴任教師という客観的立場から、と前置きをしながら、ラヴァーンと同じ結論を口にした。

「こうした現状を変えるには親を教育することが必要だと思う。子供たちをサポートできる親へと生まれ変わらなければいけない」

「そしてそのためには大学へ進んだ学生たちが、戻ってこなければならないんだ。教師という立場で」

エスキモーの学生が大半を占める町で、その子供たちを教育する学校に、同じ文化を持つエスキモーの先生が一人もいない状況は危機的だ、とブライアンは言う。

「私たち教師はどうしても彼らの文化を共有しきれない。子供たちや親たちのモデルになれないんだ。彼らには目指すべき理想像やヒーローが必要だ。だから私はいつも自分の生徒たちに『君たちがいつかこの町に先生として帰ってきてくれ』と言っているんだ」



Keijiro Ohata
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