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Hopeless : 極北の消えるルーツと若者たち 第十四章 これからの世代へ

by Keijiro Ohata

第二次世界大戦後に始まった、エスキモーに対する「アメリカ人」としての教育制度。州外の白人教師たちがブライアンのように各地に赴任して画一的な教育を施し、文化を否定したのが、ハーマンやチャックの世代。

彼らがアメリカ人として英語と高等教育を得ることと引き替えに失ったエスキモー文化や価値観は、彼らにとって計り知れないほど大きな意味を持っていた。そうした精神的支柱を無くしたエスキモー社会は、見えないところで大きな歪みを生んでいた。それがアルコール依存や自殺という形で深刻な影を落とし、今に至るまで拭い去ることができない不安として残っている。

しかし時代と共に、そうした教育システムの弊害を指摘する声はコッツビューに限らず大きくなり、「アメリカ人文化」の押しつけはなくなり、霞んでしまったエスキモー言語や伝統的価値観を守ろうとする声も次第に大きくなった。コッツビューでもラヴァーンのフィッシュキャンプなど外部からの手助けも借りながら、子供たちに「失われた支柱」をもう一度取り戻そうとする動きは活発になっていった。KOTZラジオのエスキモー語講座などはそうした意図から始まった取り組みの一つだ。

その働きは、私がこの町に一夏滞在した中でも、各世代の人々と触れあうなかで、変化を生んでいることを感じることもできた。ラヴァーンが危機感を感じた80年代ごろに子供だったカーマンやダスティンたちをはじめとする世代と、デンプシーの子供たちやブリアナとその友人たちを見ていると、「個人の性格」と切り捨てることができないほどの考え方の違いを見つけることができた。

だけれどもまだ足りないーー。私が出会っていない大多数の町民のなかには、10代、20代でアルコール依存症となったり、自殺で友人を亡くした若者たちがたくさんいる。エスキモー文化との関わりが希薄になり、自分というアイデンティティーを失ってしまった子供たちや、そのまま大人になって子供を持ち、どう我が子と向き合えば良いのか分からない親たちはたくさんいる。

「エスキモーの教師を」。ブライアン・ベイリーが、コッツビューの歴史に比べればわずかな時間を過ごしたなかで導き出した答えは、私は的を外しているとは思わない。ラヴァーンも同様に指摘したように、この町の人々はロールモデルを求めている。同じ文化を共有する人間が、この町に知識やスキルを持って帰ってきて、これからの世代の目に輝いて映ることができればーー。同じ文化を共有する人間が、子供との向き合い方を、悩める親たちに手本として示せればーー。そこから変化への道が切り開けるのではないかと強く感じる。

コッツビューに暮らす人々の姿を見つめた物語の最後として、去りゆく世代が未来の世代に文化を託そうとする取り組みを紹介したい。エスキモー言語の最後の話者たちがその芽を絶やさぬよう、若く小さな土壌に種を蒔く姿を通して。


Keijiro Ohata
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