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コッツビュー再訪 ⑴

by Keijiro Ohata

どこまでも続く真っ白な地平線のなかに、小さな点が見えてきた。
上空から見るその町は、まるで地球という大きな顔にできたホクロのようだ。

飛行機の窓に押し当てた額がひんやりと冷たい。
点が少しずつ大きくなっていき、形をつくりはじめた。いくつも並んだ風車が見える。

戻ってきた——。

たった半年前の事なのに、なぜか遠い昔のことのように思える。それほど生きてもいないのに。

到着は夜の8時頃だったが、極北の春の空にはオレンジの太陽が地平線際を這っていた。
こないだは真っ昼間のような明るさだったように思う。
地球の傾きと公転とは本当に存在するんだ。そんな当たり前のことが頭の中を駆け巡る。

アラスカ航空の曇った小さな窓からでも分かるほど、空気が張り詰めて澄んでいるようだ。はるか目線の先には幾重にも連なった山々が見える。

やがて唸るような地響きと共に飛行機は着陸し、シートベルトサインが消えた。乗客たちは荷物を担ぎ、前方のドアへと向かう。私もダウンを着込み、手袋をはめる。

機内からタラップに出て一息吸い込む。


一瞬で鼻毛が凍り付いた。
私は思わず声を出して笑ってしまった。

「本当に戻ってきちゃったな」

独り言をぼそぼそとしゃべりながら、腹の底から沸き立つ高揚感を必死に抑え、ほとんど倉庫みたいな到着ロビーに入る。
そこには久々の家族の再会に抱き合うもの。ローワー48(アメリカ本土のこと)からのお土産に歓喜する子供たち。思い思いのただいまがひしめくなか、私はぐるっと見回して、ベンチに座る一人の女性を見つけた。

「おかえり」

「ただいま。10年ぶりくらい?」

エスキモーと話すときはいつだってジョークが必要だ。
早すぎる帰還にお互い驚いている。
私たちは大声で笑いながら抱き合った。

彼女の名前はカレン・リッチ。
前回はじめてこの町を訪れたときにお世話になった、ハーマン・リッチの娘だ。
私に毎晩食事を提供してくれた命の恩人でもある。

「よく帰ってきたわね。さぁ、晩ご飯食べるでしょ?」

腹ぺこだった私はその言葉を待っていた。倉庫のような空港の扉を押し開け、今回の旅行のために新調したダウンブーツでシャーベットのような雪に一歩踏み出す。
ウールの靴下を2重に履いているはずなのに、すぐにつま先が冷えてくる。
荷物を車に積み込み、前回とはまるで違う景色に変わった町を横目に、ハーマンの家へと向かった。



「誰だお前は。この家に何の用だ」

ハーマン・リッチ流の手荒い歓迎だ。
初対面の人だったら面食らってしまうほどのしかめっ面と低い声。
しかしすぐに満面の笑顔に変わり、温かい手を差し出した。

「よく戻ってきたな。晩ご飯残してあるぞ」

突然の来客の音を聞きつけ、二階から猛スピードで階段を降りてくる音が聞こえてきた。

「ケイ! おかえり!」

ハーマンのひ孫、カレンの孫にあたる8歳のファーラーだ。私の姿を見ると、満面の笑みで抱きついてきた。心なしか以前より身長が高くなったような気がする。
この家のお姫様だ。
早速日本から持ってきたお土産のおもちゃを渡すと大喜びで家中を走り回っていた。いつのまにか私のスマホをとってひたすらセルフィーを撮り始めた。極北の小さな村にいても、東京の摩天楼にいても、現代っ子は現代っ子だ。

リッチ家おきまりの晩ご飯であるチャーハンを食べながら、お互いに近況報告をし合う。
前回のことを卒論で書いたこと、無事卒業できてもうすぐ働き出すことなどを話した。

「それで、いつアイツと会うんだ?」

ハーマンがそう尋ねた。

「チャックとはいつ会うんだ?」

チャック・シェイファー。
犬ぞり使い。
そうだ、私の今回のコッツビュー再訪の目的はその男に会うためだ。
そのためにはるばる日本から、−30℃の極寒のアラスカにやってきたのだ。
しかし実は既にこの時点で、この男に会うための旅は、早くも黄信号が灯っていたのだった。



「すまんが約束の日までには間に合わないかもしれない」

Facebookのメッセージでチャック・シェイファーからそう言われたのは出発当日の夜、羽田空港でチェックインを済ませたあとだった。
私はそのメッセージを見たとき、非常に驚き焦ったが、同時に心の片隅で予想通りのことにも思えた。

私はこの学生最後の旅のために、何ヶ月も前から彼と連絡を取り合い、日程を詰めていた。
「3月にまた遊びにいくことにしたよ」
「そうか、俺はその頃はちょうど犬ぞりのトレーニング中だ。お前が来る日に合わせてフェアバンクスから向かうよ」
彼とそうしたやりとりを最後にしたのは出発の1週間前。彼のFacebookの最後の更新は5日前で、例年より雪が深く、天候も荒れている、という内容のものだった。
嫌な予感はしていた。


Keijiro Ohata
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