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コッツビュー再訪 ⑵

by Keijiro Ohata

3月のアラスカは、長かった冬がようやく終わるという前向きな雰囲気に包まれている。
子供たちは嬉しそうにダウンジャケットを着込んでリュックを背負い、大人たちは車で学校まで送り届けた後、職場へと向かう。ハーマンはいつものようにテレビをつけ、サーモスにいれた熱いコーヒーをすする。私は遅い朝食を食べた後、窓の外を見た。真っ青な空と真っ白な雪がまぶしく眼を細める。出かけたくなるような気分だ。

「しっかり防寒着を着込むんだぞ。アラスカの春をなめると痛い目にあうぞ」
ハーマンがしゃがれた声でそう言った。私は部屋にある大きなボストンバッグを開けた。そこにはジャケットや毛皮の手袋、ブーツなど防寒着が揃っていた。そしてその上には一枚のハガキが添えてあった。

「アラスカの一番美しい季節を楽しんで。すぐ会いましょう。 カーマン


チャック・シェイファーの姪のカーマン・モニゴールドは家族でバハマに旅行に行っているようだった。私が事前に連絡を取ると、帰ってきたら是非会おうということになった。ところで万全な防寒着は持ってるのか、と聞かれた。普段日本で着るようなジャケットでは耐えうるはずもなく、けれどすべて揃えようと思うと膨大な金がかかってしまう。

「マシューの服を貸してあげるわ。ブーツから帽子まで全部あるから。カレンに渡しておくわ」
彼女はバハマに発つ前、ハーマンの家に私のために防寒着一式を預けてくれていたのだ。

完全防備になると、まるでどんぐりのような風体だが、外に出るとこれでも寒いと感じる程だった。

ハーマンのひ孫、ファーラーは小学2年生になった
ハーマンのひ孫、ファーラーは小学2年生になった

私は半年前とは様変わりしたコッツビューの町並みを眺めながら友人たちに会いに行くことにした。真っ白な雪に包まれた道路はところどころ凍っており、足が滑りそうになる。町の目抜き通りを歩いて向かった先はラジオ局だ。

レヴィは変わらずそこでDJとして働いていた。
レヴィはコッツビューの高校を卒業し、大学に進学するための資金集めとしてラジオ局で働いている、18歳の男の子だ。

彼にはコッツビューに来ていることを伝えていなかった。扉を開けると、ちょうど休憩中の彼が目の前に立っていた。相変わらず眠そうな顔をしている。
私は「やぁ」と声をかけてみたが彼は眉をひそめた。
私が帽子とネックウォーマーを外すと彼はようやく気付き、「何してるのこんなところで!」と眼を丸くした。

「今回は何しに来たんだい」
「チャックに会いに来たんだ。犬ぞりに乗ろうと思って」
「いつまでいるの」
「月末くらいかな。4月から働き出さなきゃいけないんだ。これが最後の旅なんだ」

彼は大学進学を半年遅くしたことを教えてくれた。資金が思うように溜まっていないようだった。
最近パートナーだった同い年の男の子と喧嘩ばかりで別れたことも教えてくれた。

「お金はほとんどこれに消えるんだ」
彼は手でマリファナを吸う仕草をして無邪気に笑った。
「それに家族にも渡さなきゃいけないからね」

レヴィは浪人生みたいに伸びた黒い髪をかきあげながら、仕事場に戻っていった。
「コッツビューのみなさん、こんにちは。今日もリクエストお待ちしてますのでどんどん応募してください」
そう言ってブルーノ・マーズの新曲をかけた。
−30℃の極北で最新のポップスを聴くのはなんだか妙な気分になったが、やはりここはアメリカなのだ。
私は変わらず元気そうな彼の姿を見て安心してラジオ局を後にした。

次に向かったのはダスティンの家だ。
コッツビューの目抜き通りに面した彼の家の玄関を開けた瞬間、あの匂いと煙たい空気がどっと流れ出てきた。彼はちょうどカーペットの上でくつろぎながらマリファナを吸ってるところだった。

「やぁ、久しぶりじゃないか。吸うか?」
挨拶代わりに、とでも言うのだろうか。いびつな形に巻き上げられたマリファナを渡してきた。
「相変わらずだね。また少し痩せたんじゃない?」
彼は前よりも髭が伸び、髪はぼさぼさで、くたくたに皺だらけになったTシャツを着ていた。部屋の中はゴミが散乱しており、壁や天井、家具全てにマリファナの匂いが染みこんでるのではないか。
机の上には数日前のものとみられる、干からびたピザがそのままにされていた。
家の中には彼の他に誰もおらず、なぜか犬が一匹増えていた。

8月に来たときは彼の恋人のケイトが同居していた。だが今は彼女はおらず、彼女がいるような痕跡はどこにもない。
「あれ、ケイトはどこ行ったの?」
私がそう聞くと、彼はあからさまに不満の込められた大きなため息をついた。真っ昼間から酔っているようだ。
「あの女は出て行きやがった」
どうして、と聞くまでもなく彼は急に饒舌になり、自ら事のいきさつを話し始めた。

「あいつはもともと俺がマリファナを吸うことを良く思ってなかったんだ。去年のクリスマスに『もう限界だから出て行く』って言っていなくなったんだ。でも考えてみろよ、俺はあの女と出会う時から今と変わらないくらいマリファナ吸ってたし、しょっちゅう仲間も俺の家に入り浸ってた。それを何を今更嫌だとか言うんだよ」
確かに彼はもうここ何年もこんな生活をしている、と前に言っていた。ケイトには最初から分かっていたことのように思えた。
でもおそらく彼女の想像を超えるほど、彼は毎日のように仲間と一緒にハイになって酔っ払っていたんだろう。

「それだけじゃないんだ。あの女、自分から出て行くと言ったくせにその次の週には『やっぱり戻りたい、許して』なんて泣きながら言ってきやがった。あいつは結局ここ以外に居場所がなかったんだ。都合が良すぎると思わないか? おれははっきり言ってやった。『お前とはもう一緒にいたくない。二度と戻ってくるな』ってね。あいつはしばらく玄関のドアを叩いたり蹴ったりしてたけどそのうち諦めて帰ったよ」

他人の関係に口出しする義理も権利もないが、真冬の極北の小さな町で、暗くて凍える夜に泣きじゃくりながらドアを叩くケイトの姿を思い浮かべると胸が苦しくなった。

ダスティンの家はだだっ広く、彼の部屋は栽培中のマリファナで埋め尽くされていた。キッチンは汚れ、カーペットにはいくつもの滲みができ、2匹の犬だけが走り回っている。
彼はただ今日もマリファナを潰し、手巻きたばこのように巻き上げて火をつけるだけだった。


私は彼のマリファナの館を離れ、一人の老人の家に向かった。
彼のところに行けば、チャック・シェイファーの行方が分かるかもしれない、そう思ったからだ。

このとき、私はチャックと音信不通になっていた。
彼のフェイスブックの「天気が荒れている」という投稿が最後の情報になっていた。
彼は今どこにいるのか、いつコッツビューに来るのか、私は何も分からなかった。
果たして本当に彼は来るのだろうか——。

藁にもすがる思いで私は凍った海辺にある、チャックの親友、フレッド・ジャクソンの家に足を急いだ。



Keijiro Ohata
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