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コッツビュー再訪 ⑶

by Keijiro Ohata

海辺にぽつりと立つ小さな家へと続く道には足跡もなく、ひっそりと静まりかえっていた。ボートやバギーの上には厚い雪が被っていて、長らく使われていないことが分かる。半年前はけたましく吠えていた白い大きな犬もいない。
私は心の片隅で何かとてつもなく悪い予感を抱きながら、彼の家へと近づいた。

ポーチには食べ残しのゴミ、防寒着、釣り竿などが乱雑に放置してある。完全に凍り付いたサーモンも地面に転がっている。
恐る恐るドアをノックすると、うめき声のような音がかすかに聞こえた。

思い切って開けたドアの先には、一人の老人がタンクトップ姿でソファから顔をこちらに向けていた。
フレッド・ジャクソンだ。

思わず胸をなで下ろした。

彼はテレビのリモコンを手に握りしめたまま、こちらを無表情でみつめていた。私が誰か分かっていないようだった。
そのとき私ははじめて自分が厚手のネックウォーマーにニット帽、ゴーグル姿だということに気がついた。
慌てて装備を外し、ありったけの笑顔を振りまいた。

「やぁ、久しぶり」

フレッドは今度は目を丸くして、ようやくソファから起き上がった。

「これはこれは。久しぶりじゃないか。今までどこに行ってたんだ」

フレッドは今年で74歳。彼は生涯結婚をすることなく、養子として引き取った息子を男手1人で育て上げたという。今は息子も町を出てしまい、彼は広い一軒家に1人で暮らしている。

そんな彼を思ってかどうかは知らないが、チャックはコッツビューに来ると家族の家ではなく、この家に居候していた。

半年前にこの家でチャックとフレッドと3人で野球を見たり、コーヒーを飲んだことが昨日のことのように思い出された。チャックがその日撃ったというガンのスープにアザラシの脂(シールオイル)をいれた絶品料理が懐かしい。

「チャックに会いにきたんだろ? あいつはまだまだ来そうにないぞ。分かるだろ? 犬ゾリでフェアバンクスからここまで来てるんだ。天気が荒れているらしい」

チャックからの最後の電話は5日前。到着の見通しは全く立たない、という内容だったという。

私に残された時間は2週間のみ。しばらくは彼がいないことを前提に動いた方がよさそうだと私は決めた。

 

これは私にとって最後の旅になる。
何もこれから先一度も旅に出られなくなるわけではないが、就職して働き出してしまうと、旅はいままでの旅ではなくなってしまうように思えた。
学生生活の5年間ですら、自分の心が少しずつすり切れていくような感覚を私は明確に否定できないでいた。自分の心がどんどん鈍感になっていくような恐怖感だ。
それでも今ならまだ間に合う。まだ旅は私に新たな景色と視野をもたらしてくれるはずだ。
そう思えた。

自分はどう生きたいのか——。
答えがでないまま迎えてしまった区切りの時に、最終手段かのように旅という手段を選んでいる自分がいた。確実な答えは出ずとも、一生疑う余地のない、自分だけの指標が欲しかった。

その目的地を、私はアラスカのこの小さな村に求めた。
幼い時より私の心を掴んで離さない、どこまでも広く、深い大地に。
いつか何かにつまずいた時や転機が訪れた時に、このアラスカでの日々が、私自身を支えてくれるように思えたからだ。


しばらくフレッドの家で2人でテレビを見た後、私は彼の家の窓から見える山に目を移した。

完全に凍り付いた海の向こうに真っ白な山が連なる。あの大地のどこかで今この時もムースやカリブーが悠然と生きているんだ。
そう考えると私はこの上なく美しい世界が目の前にあるのに、ただ指をくわえて待っているだけのような気持ちになってきた。

それは、たまらなくもったいない。




Keijiro Ohata
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