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コッツビュー再訪 (4)

by Keijiro Ohata

私はチャック・シェイファーからの連絡を待ちながら、残された時間を有効に使う術を探した。
幸いにも私はこの町にいくつかの友人がいる。ハーマンの家に居候していることもあり、この哀れな日本人学生をフィールドに連れ出してくれる人を見つけることはそう難しくなかった。

ハーマンの甥っ子にあたるランス・クラマーは、この町で牧師をしている、人口3000人弱ながら教会が10以上もあるこの町なので、どの教会に所属しているのか、彼の宗派が何なのかは不明だ。
ランスは妻カリーナとの間に5人の子供を持ち、海沿いの大きな館に暮らしていた。
「昔ここはホテルだったんだ。かつてこの町が交易所だったころ、アメリカ本土から流れ着いたゴロツキやエスキモーたちが、捕らえたビーバーやキツネの毛皮を持ち込んでカネに替えていたんだ。彼らはここに何泊か泊まり、稼いだカネで食糧を買い込んだり、情報を集めたりしてまたフィールドに戻っていくんだ」
ランスはそう話すと私を家の中へと招き入れた。

「これからリンクスの罠をかけにいくんだが、ついてくるか?」
彼はそう言うとリビングでゲームをする子供たちを呼びつけた。
ランスの家には高校生の三女、ビビと中学生の長男、コーディー、そして小学生の次男タイが一緒に暮らしていたが、この日はビビの友達2人も遊びに来ていた。早速子供たちは分厚いジャケットを羽織り、ブーツを履いて支度をはじめた。タイはキツネの毛皮で作ったという帽子を被っていた。これが一番暖かいのだという。

こうして私たちは総勢7人でリンクスの罠をしかけにフィールドへと出かけた。
スノーモービル3台に別れて凍った海の上を走り出す。私はビビの友人のクリスとタイの後ろに座り、3人乗りでランスたちを追いかける。
凍った海の上にはいくつものスノーモービルの轍ができており、その上に私たちも新しいラインを描き足す。

後ろを振り返るとコッツビューの町がだんだんと小さくなっていた。家々の屋根から湯気が立ち上っているのが見えた。
半年前はこの景色をボートの上から見ていたのだ。私たちのモービルが走る厚い氷の下には今も同じ海がある。疑いようのない事実だが、にわかには信じられないようだった。
季節によって大きく表情を変えるこの町がたまらなく好きになった。


「リンクスの毛皮はとても美しくて昔からエスキモーの間では高級品だったんだ。帽子やマフラーに使ってこの寒さを生き抜くんだ」。
リンクスとはネコ科の動物で、極北の大地に生息する動物の中でもオオカミと並ぶほど警戒心が強いとされる。つまりこの広いアラスカの大地でリンクスに遭遇することは非常に難しい。
なので狩りの主なやり方は、トラップ(罠)をしかけることだという。

まずはリンクスをおびきよせるためのエサが必要になる。これは子供たちの役目だ。
彼らは猛スピードでスノーモービルを飛ばしながらも、地面を注意深く見ていた。
「ここにいるわ!」
ビビがそう叫んで止まった。そして彼女は背中に担いだライフルを構え、スコープをのぞき込んだ。
全員が静まり彼女が狙いを定める茂みを見つめた。
しばらくすると乾いた音が鳴った。それは鳴り響くというより、広い大地に散らばるように瞬間で消えた。
「やった」。彼女はそう言うと茂みのなかに歩いて向かい、何かを拾い上げて戻ってきた。
その手には真っ白なウサギが握られていた。
見ると足の付け根から血が出ていた。その小さな口からは湯気のような白い息がわずかに流れ出ていた。
「よくやった。一発だったな」。ランスがそう褒めるとビビは嬉しそうにはにかんだ。
彼女はウサギをスノーモービルの後ろにつないだソリの中に投げ込み、私たちは再び出発した。
これで準備は整った。

しばらく走っていると、先頭を行くランスのスノーモービルが小高い丘のふもとで止まった。
彼は荷台から大きなネズミ取りのような鉄製のトラップをとり出し、先ほど捕まえたウサギを掴んで丘のてっぺんまで登った。ウサギの口からはもう白い息は出ていない。
私もその後を追いかけるが、おそらく一度も人間に踏まれていない雪は羽毛布団のように柔らかく、踏み込むたびに膝までどっぷりと埋まってしまう。あっという間に後ろからきたタイたちに抜かれてしまう。雪の中を歩くのはなかなかコツがいるようだ。

ランスは一本の大きな木の前で立ち止まり、ひざまづいた。
トラップを木の下に置き、腰に引っかけていたウサギを手に取った。ここからは見事な解体ショーだ。
彼はまずウサギの頭を片手で持って思いっきり振り回した。そして首元にナイフを少し突き立て、切り目をいれた。その切れ目に指を入れ、一気にリップオフ。
その瞬間にウサギの後ろ足の付け根付近から尿が飛び散るのを私は確認した。
ウサギの真っ白な毛皮が見事にはぎ取られ、身体が2つにちぎれた。剥製のように無表情な顔と毛皮、そして哀れなほど華奢な赤身が顔を出した。
ランスの手が血で染まった。

もはやそれは先ほどまで雪の上を飛び跳ねていた生き物とは思えなかった。
彼は赤身を木の幹にたてかけ、その少し手前に鉄のしかけを置いた。肉を取ろうと近づくときにしかけを踏む、という単純明快なトラップだ。
次に顔と毛皮の塊に紐をつけ、木の枝にぶらさげた。そしてなぜかCDを1枚取り出してこれも枝からぶらさげた。
「CDが光りを反射してリンクスをおびき寄せるんだ。『なんだあの光は』とあいつらの好奇心をくすぐるのさ」
カラスよけの真逆版といったところか。
こんな大自然の中に、白人の男の子が大きく口を開けて笑っているラベルの貼られたCDが風に揺れているのは何とも異様だ。こんな怪しいCDと得体の知れない肉の塊なんかで本当にリンクスはかかるんだろうか。強い疑問が頭をよぎったが、ランスはいつもこのやり方でリンクスを捕まえているようだった。

そして彼はその木の枝を幾つか折り、鉄のしかけの周りを囲うようにきれいに並べ、トラップが完成した。

それはまるで祭壇。リンクスに捧げる貢ぎ物のようだった。


リンクスがかかっているかどうか、トラップをしかけて3日ほど経った後見に行くのだという。
私たちはまたスノーモービルを走らせた。同様のトラップを3つほどしかけにいく。

ピリピリと肌を刺すような風を浴びながら私はスノーモービルからの景色に見とれていた。澄み切った真っ青な空に雪化粧をかぶった山々。どこまでも広がりを見せる雄大な景色は見飽きることはない。

その時、先頭を行くランスのスノーモービルが急に止まり、身振り手振りで私たちにも止まるよう呼びかけてきた。ランスは双眼鏡を構え、遠くの丘を見つめた。

「カリブーだ」

彼はそう言うと私たちにここで待つように言い、長男のコーディーを後ろに乗せ全速力でスノーモービルを飛ばした。

轟音と共に彼らの姿がだんだんと小さくなっていく。まっすぐ雪の上にできたスノーモービルの轍から目線を前方に伸ばすと、大地の上にいくつかの小さな点がうごめいているのが見えた。


Keijiro Ohata
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